松山地方裁判所宇和島支部 平成11年(わ)30号 判決 2000年5月26日
主文
被告人は無罪。
理由
第一本件の公訴事実等
本件の公訴事実は、被告人は、
一 平成一〇年一〇月上旬ころ、愛媛県宇和島市《番地省略》所在のB子方において、B子所有の普通貯金通帳一通(預金額五一万六三三四円)を窃取した(平成一一年(わ)第三〇号事件の公訴事実第一。以下「貯金通帳窃取の事実」という。)
二 同年一二月下旬ころの午後七時ころ、前記のB子方において、同人所有の印鑑ケース入り印鑑一本(時価合計二万〇五〇〇円相当)を窃取した(平成一一年(わ)第六号事件の公訴事実。以下「印鑑窃取の事実」という。)
三 平成一一年一月八日午後零時一四分ころ、同市《番地省略》所在のえひめ南農業協同組合本所において、行使の目的をもって、ほしいままに、ボールペンを用いて、同所備え付けの貯金払戻請求書用紙一枚の金額欄に「500000」、おなまえ欄に「B子」と各冒書し、そのお届印欄に窃取にかかる「B」と刻した印鑑を冒捺し、もって、B子作成名義の貯金払戻請求書一通を偽造した上、即時同所において、同組合本所の窓口係員C子に対し、右偽造にかかる貯金払戻請求書を真正に成立したもののように装い、前記窃取にかかる普通貯金通帳と共に提出行使して普通貯金の払戻しを請求し、同人をしてその旨誤信させ、よって、即時同所において同人から普通貯金払戻し金名下に現金五〇万円の交付を受け、もって、人を欺いて財物を交付させた(平成一一年(わ)第三〇号事件の公訴事実第二。以下「貯金払戻しの事実」という。)
というものである。
被告人は、本件各事実について、自分のしたことではないとして否認するところ、起訴前の捜査段階で本件の各事実について自白しているので、以下、その信用性について検討する。
第二被告人の生活状況等
一 被告人の生活状況
被告人の第六回公判調書中の供述部分及び警察官調書(検察官請求番号乙2(以下「検察官請求番号」を省略し、「乙2」のように示す。)、乙3)、D(甲63)及びE子(甲64)の警察官調書、「捜査関係事項照会書に基づき下記の通り回答致します。」と題する書面(甲68)、捜査関係事項照会回答書(甲70、甲72、甲74、甲76)並びに回答書の添付された捜査関係事項照会書謄本(甲77)によれば、次の事実を認めることができる。
被告人は、昭和六二年ころ、愛媛県宇和島市高串にあるB山産業有限会社に就職し、以後、平成一一年一月まで、えのき茸の製造・加工等の作業員として勤務していた。
被告人には、B山産業から毎月月末に給料が支払われ、その額は、各種手当てを含め二四万七〇〇〇円前後であったが、ここから各種の保険料等が控除され、また、被告人には、B山産業及びその社長であるD並びに高知銀行からの借入れがあったため、その返済のために毎月五万五〇〇〇円(B山産業に対し一万五〇〇〇円、D及び高知銀行に対しそれぞれ二万円)が控除されるため、現実に被告人が受け取る額は一三万円前後であった。また、B山産業からは、被告人に対し、ボーナスとして、平成一〇年七月二〇日に三〇万円、同年一二月二〇日に五三万円がそれぞれ支給され、平成一〇年分の年末調整については、平成一一年一月一八日に四万四〇九六円が支給された。
被告人は、高知銀行から五九万二〇〇〇円(平成一一年一月四日現在)、プロミスから四九万一三六八円(平成一〇年一二月九日現在)、アコムから四九万五三二三円(同月一四日現在)、サンライフから二八万一五三一円(同月一五日現在)、アイフルから四八万五四八一円(平成一一年一月四日現在)、武富士から四八万六八一六円(同月四日現在)をそれぞれ借り入れており、平成一一年一月初旬の時点で、合計約二八三万二五一九円の借入金債務が存在した。
平成一〇年一〇月から平成一一年一月までの間の、被告人と消費者金融会社との取引状況及びこの四か月間の返済額及び借入額の合計額は次の表のとおりである。
取引日 返済額(円) 借入額(円) 取引先
(平成一〇年)
一〇月五日 二一〇〇〇 一〇〇〇〇 武富士
同日 二〇〇〇〇 八〇〇〇 アコム
一二日 二〇〇〇〇 一〇〇〇〇 プロミス
一二日 二〇〇〇〇 一〇〇〇〇 アイフル
一七日 一〇〇〇〇 アイフル
一五日 一〇〇〇〇 武富士
同日 一二〇〇〇 サンライフ
一一月四日 二一〇〇〇 一〇〇〇〇 武富士
九日 二〇〇〇〇 五〇〇〇 アコム
一〇日 二〇〇〇〇 一〇〇〇〇 プロミス
一二日 二〇〇〇〇 一〇〇〇〇 アイフル
一五日 一二〇〇〇 サンライフ
二〇日 五〇〇〇 アコム
二七日 二〇〇〇 武富士
同日 六〇〇〇 プロミス
一二月三日 二〇〇〇〇 三〇〇〇 武富士
四日 七一一一 一〇二〇〇〇 アイフル
九日 二〇〇〇〇 プロミス
一四日 一五〇〇〇 アコム
一五日 一二〇〇〇 サンライフ
(平成一一年)
一月四日 二〇〇〇〇 武富士
同日 三二〇〇〇 五〇〇〇 アイフル
一一日 二〇〇〇〇 プロミス
一五日 一二〇〇〇 サンライフ
一六日 一〇〇〇〇 武富士
同日 一〇〇〇〇 プロミス
一八日 一五〇〇〇 五〇〇〇 アコム
(合計) 三五九一一一 二四一〇〇〇
また、被告人は、B山産業の経理を担当していたE子に対し、平成一一年一月七日、同社、D及び高知銀行に対する借金の返済として現金二〇万円を手渡した。
二 被告人とB子との関係等
被告人の警察官調書(乙3)、第四回及び第五回公判調書中の証人B子の供述部分、証拠品写真撮影報告書(甲24)並びに捜査報告書(甲12)によれば、次の事実を認めることができる。
B子は、昭和四五年ころから、愛媛県宇和島市《番地省略》に居住している。B子は、昭和五九年ころに夫と死別してからは、一人息子であるFと二人で暮らし、昭和五九年ころから平成七年ころまでB山産業で勤務した後、同社を退職した。B子の自宅建物(以下「B子方」という。)は、道路に面した傾斜地に建てられた二階建て建物であり、玄関のある一階部分にB子の寝室(和室)及びリビング(台所)があり、二階部分にはFの居室がある。また、地下一階は駐車場となっている。
被告人は、B山産業に入社した当初、同社の従業員寮に住んでいたが、入社後間もなくB子と親しくなり、次第に、B子方で食事や入浴をし、同所で寝泊まりし、衣類等の生活用品を持ち込むようになった。被告人とB子は、互いに結婚する意思こそなかったが、親しい男女の関係にあったため、平成六年ころ、B子は自宅を留守にするときでも被告人がB子方に出入りできるよう、自宅の合い鍵を被告人に渡し、被告人は、B子方でほとんど毎日寝泊まりする生活をしていた。平成一〇年一〇月ころ、被告人が愛媛県北宇和郡吉田町内にアパートを借りたことから、被告人がB子方で寝泊まりすることは減ったが、それでも、B山産業での仕事を終えた後にB子方に立ち寄り、食事や入浴をすることはほぼ毎日続き、B子方の合い鍵についても返還を求められることなく依然所持しており、B子方に自由に出入りすることが許されていた。
第三被害発生当時の状況
B子の検察官調書(甲99)、被害届(甲1)、実況見分調書(甲3)及び鑑識資料採取報告書(甲4)によれば、次の事実を認めることができる。
B子は、黒色がま口式印鑑ケースに入れた印鑑三本を二通の印鑑登録証とともに赤紫色の布製巾着袋に入れ、この巾着袋とえひめ南農業協同組合高光支所発行の貯金通帳を一緒に茶色のセカンドバッグに入れた上、緑色の手提げバッグに入れた状態で寝室のドレッサーの椅子の中に入れて保管していた。三本の印鑑のうち一本は、貯金通帳の届出印であった。Fの健康保険被保険者証は、リビングの三段棚となった小物入れの二番目の引き出しに入れて保管していた。
ところが、平成一〇年九月一四日から平成一一年一月二六日までの間に、これらの物が何者かによって盗まれた。
第四被告人が自白に至るまでの経緯
一 被害発覚当時の状況
第六回公判調書中の被告人の供述部分、第五回公判調書中の証人B子の供述部分、B子の検察官調書(甲99)、被害届(甲1、甲25)、捜査関係事項照会回答書(甲20)、実況見分調書(甲3)及び鑑識資料採取報告書(甲4)によれば、次の事実を認めることができる。
B子は平成一一年一月二六日午後三時三〇分ころ、印鑑を探した際、B子方一階寝室のドレッサーの椅子の中から、印鑑等を入れていた赤紫色の布製巾着袋がなくなっていることに気付いた。その後、室内を探したが見つからないばかりか、一階台所リビングの三段小物入れに入れてあったF名義の健康保険被保険者証までもがなくなっていることがわかった。被告人は、この日も、B子方にいたので、B子がこれらの物を探す様子を見て、被告人自身もB子とともに一階寝室などを探した。結局、その日は、貯金通帳も印鑑も見つからなかったため、被告人は、B子に対し、農協に一回聞いてみてはどうかと勧めた。
翌日(平成一一年一月二七日)、B子がえひめ南農業協同組合に問い合わせたところ、貯金通帳からは、同月八日に既に五〇万円が何者かによって引き出されていたことを知らされた。B子は、被告人の携帯電話に電話をし、その旨を伝えたところ、被告人は、早く警察に言った方がいいと勧めたため、同日、B子は被害届を提出した。
二 被告人に対する取調べ及び被告人の供述
被告人の勾留質問調書(乙12)、検察官調書(乙7、乙18)、警察官調書(乙4、乙5、乙6、乙13、乙15)、警察官(乙10)及び検察官(乙11)に対する弁解録取書、実況見分調書(甲81)並びに任意提出書(甲58)、領置調書(甲59)、証拠品写真撮影報告書(甲61)並びに捜査報告書(甲11、甲57、甲78、甲86)によれば、次の事実を認めることができる。
愛媛県警察宇和島警察署警察官(以下「警察官」という。ただし、第八(犯行を認める他者の存在)の項目を除く。)は、平成一一年二月一日、被告人方及び被告人所有の普通乗用自動車の捜索を開始するとともに、同日午前七時五八分、被告人を宇和島警察署に任意同行し、取調室において取り調べた。取調べは同日午後零時まで続けられたが、被告人は「やっていません。」との言葉を繰り返し、本件犯行を否認した。
昼食後の同日午後一時から取調べが再開されたが、被告人は午前中の取調べに引き続き否認していた。そこで、警察官は、机を叩くなどしつつ、「証拠があるんやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に捜しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑が掛かるけん早よ認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」等と述べて、被告人の供述を促した。
被告人は、同日午後二時ころ、突然号泣し、「誰も自分の言うことは信じてくれない」と述べた後、その供述を自白に転じた。
逮捕に先立つ捜索では、被告人所有車両から、証拠物として差し押さえるべき物は発見されなかったが、被告人が、農協から払戻しを受けた現金五〇万円のうち一〇万円は、自分の車の中に隠し持っている旨供述したことから、同日、被告人の立会の下、その承諾を得て被告人所有車両を再度確認したところ、後部座席床マットの下から、表面に「年末調整 A 様」と書かれた茶色封筒入りの現金一〇万円が発見された。
警察官は、同日午後五時五〇分、被告人を、平成一〇年一二月下旬ころの午後七時ころ、B子方において、同人所有の印鑑一本を窃取したという被疑事実により通常逮捕し(この事実は、当裁判所に顕著である。)、同日午後五時五二分ころ、警察官から被疑事実を読み聞かされた被告人は、読み聞かされた事実のとおり、印鑑を盗んだことは間違いなく、盗んだ印鑑を使ってB子さんの預金通帳から五〇万円を払い戻したと、その被疑事実を認める供述をした。
警察官は、同月二日午後三時、被告人を松山地方検察庁宇和島支部に送致した。同日午後三時二七分ころ、同支部検察官(以下「検察官」という。)から被疑事実を読み聞かされた被告人は、読み聞かされた事実は間違いない、盗んだ印鑑を使い、B子さんの通帳から、無断でお金を払い戻してやろうと思い盗んだ、この印鑑を使い、預金通帳から五〇万円を払い戻したと、その被疑事実を認める供述をした。
同月三日、被告人の勾留が請求され、宇和島簡易裁判所裁判官から被疑事実を読み聞かされた被告人は、裁判官に対し、事実は間違いないと述べた。
その後、警察官による被告人の取調べは、同月四日、同月六日、同月七日及び同月一〇日に行われ、その間の同月五日には犯行現場の実況見分、同月九日には検察官による被告人の取調べが行われた。この間の被告人の供述は、自ら犯行を行ったことを認める内容であった。
第五自白の概要
自白の概要は、被告人の検察官調書(乙7)及び警察官調書(乙1、乙4、乙5、乙6)を総合すると、次のとおりである。
一 貯金通帳の窃取の事実について
パチンコなどのギャンブルを思う存分できるような、余裕のある生活がしたかった。そのために金が欲しかったところ、B子方にはまとまった現金を置いていないことを知っていたことから、B子の貯金を引き出してこれに充てようと考えた。平成一〇年一〇月上旬ころ、仕事で愛媛県北宇和郡《番地省略》にあるB山産業のおがくず置き場に行く途中、B子方に立ち寄った。このとき、B子は外出しており、Fは二階で寝ていたので、この隙に、一階のB子の寝室の洋服ダンスの中の黒いバッグから農協の貯金通帳を一通盗んだ。このときは、実際に貯金を払い戻すために必要な印鑑がどこにあるかわからなかったため、盗むことができず、まだ、貯金を払い戻すことはできなかった。盗んだ貯金通帳は、自分の自動車の後部トランクの敷物の下に隠した。
二 印鑑窃取の事実について
平成一〇年一一月上旬ころ、Fが自動車を買うことになり、その契約のために使う印鑑をB子が一階の寝室から持ち出し、使用後には再びこの部屋にしまいに行ったのを見て、この部屋の中に印鑑があることを知り、その印鑑で貯金を引き出せるのではないかと考えた。
その二、三日後のB子の留守の間に、この印鑑のありかを探したところ、鏡台の椅子が物入れになっており、その中の緑色のバッグの中に赤紫色の巾着型の印鑑ケースがあり、この印鑑ケースの中に黒い印鑑一本が入っているのを見つけた。このときは、自動車の契約のためにまだ印鑑が必要になることもあるかと思い、盗むことはしなかった。また、当時は四〇万円ほどボーナスをもらった時期であり、金に余裕があったので、B子の貯金を引き出す必要はなかった。
ボーナスでもらった金も使い果たし、いよいよ遊ぶ金が欲しくなったため、同年一二月下旬ころの午後七時ころ、印鑑を盗んだ。この日は、B子から、Fと外食に出かけるから自宅を留守にすると知らされており、自分の持っている合い鍵を使ってB子方に入り、一階寝室の鏡台の椅子の中から巾着袋型印鑑ケースごと印鑑一本を盗んだ。
この日の翌日かその次の日になって確かめたところ、この日盗んだ印鑑は通帳の届出印と同じものであり、貯金を引き出すことができるようになったが、なお少しの間、B子の様子を見ることにした。
三 貯金払戻しの事実について
平成一一年一月八日の昼過ぎころ、盗んだ通帳と印鑑を使って農協から現金を払い戻す目的で、えひめ南農業協同組合本所で、そこに備え付けられていた貯金払戻請求書の用紙に、黒のボールペンで、口座番号欄には「《省略》」、金額欄には「500000」、おなまえ欄には「B子」と記入し、盗んだB子の印鑑を名前の後に押して貯金払戻請求書を作成し、これを窓口係員に提出し、この係員から現金五〇万円を受け取った。
貯金通帳と印鑑はその後、B山産業のごみ焼き場で、プラスチック製コンテナなどと一緒に燃やして処分した。
農協から払い戻した五〇万円の現金は、B山産業への借金の返済に二〇万円を充て、一〇万円は自分の自転車の後部座席に隠し、残りの二〇万円については、パチンコ代や生活費として使った。
第六被告人が否認に転じた状況等
被告人の検察官調書(乙18、乙19)及び警察官調書(乙15、乙16、乙17)、実況見分調書(甲65)並びに捜査報告書(甲86)によれば、次の事実を認めることができる。
検察官は、平成一一年二月一二日、被告人に係る印鑑窃取の事実について、当裁判所に公訴を提起し(この事実は、当裁判所に顕著である。)、警察官は、同日午後六時一一分から被告人の取り調べを開始した。その際、警察官は、被告人に対し、その後の裁判の手続や裁判が始まるまでの期間等について教示をした上で、更に盗品の処分状況を取り調べた。被告人は、この日の取調べ開始当初は、従来どおり犯行を認め、取調べに応じていたが、同日午後七時三〇分ころ、警察官が「印鑑と通帳をごみ焼き場で焼き捨てたのなら、印鑑は象牙だから絶対に残っているはずやな。お前が言うことが正しければ、絶対にごみ焼き場に印鑑が残っているはずやから、今度ごみ焼き場を探しに行くぞ。」と告げたところ、被告人は、沈黙してしまった。警察官が、更に、「Bちゃん(B子のこと)の印鑑と印鑑ケースや通帳をどこに隠しとるんぞ。本当は焼き捨ててないんやろうが。Bちゃんは困っとるんやけん返してやれ。」等と供述を促したところ、被告人は、「Bちゃんに印鑑などを返すことはできません。なぜなら、私は印鑑などを盗んでいないからです。(通帳や印鑑を)盗んでいないので、預金を引き出すことは私にはできません。勤務時間中のことだから、私がお金を下ろしに行くことはできません。」と述べて、この時、供述を否認に転じた。この日の取調べは午後九時まで行われたが、被告人は、盗みなどはやっていないと供述し続けた。
同月一三日午後二時一六分から午後二時五四分まで、取調べが行われたが、被告人は、前日と同様に、被疑事実を一貫して否認した。
その後、同月一九日、同年三月九日、同年四月一三日にも、警察官は被告人を取調べたが、被告人は否認した。
検察官による同年四月一六日及び同月一九日の取調べに対しても、被告人は否認した。
同月五日午前九時四五分から午前一〇時五〇分までの間、被告人の供述によれば被害品を処分したとされるB山産業の焼却場を実況見分したが、本件に関係する物件を発見することはできなかった。
第七検討
一 自白をするに至る経緯
先に認定した事実に加え、被告人の第七回公判調書中の供述部分並びに検察官調書(乙18)及び警察官調書(乙15)によれば、次の事実を認めることができる。
被告人がその供述を自白に転じた時期は、任意同行後約六時間後のことである。取調べを担当した警察官が取調べに当たった際の態度としても、机を叩いたことはあったが、被告人に対し、暴行や脅迫をしたようなことはない。
このような状況の下で自白をした理由について、被告人は、自分の実家や職場を警察官が訪れて、その人たちに迷惑をかけるのは忍びないと感じ、また、警察官が自分を取り調べる態度に接し、自分が疑われる何らかの有力な証拠があるように感じられたため、動揺して、もはや否認を続けることができないと考えたと述べている。
自白をした理由として被告人の述べるところは、それ自体了解可能である(もとより、その結果としてされた自白が、内容虚偽のものであるか、真実を内容とするものであるかは別問題であり、この点については、他の諸事情と総合して判断すべきはいうまでもない。なお、被告人は、当公判廷において、起訴前の捜査段階においては、黙秘権の告知は一切なかったと供述するが、警察官及び検察官による取調べに限らず、逮捕時又は検察官送致時の弁解録取や裁判官による勾留質問も含め、それら全ての機会に、その手続を主宰する者の全員、すなわち、警察官、検察官及び裁判官がそろって黙秘権の告知を怠るということはおよそ考えられないから、この供述については信用できない。)。
二 否認に転じた状況
先に認定したとおり、被告人は、貯金通帳及び印鑑の窃取の事実に係る被害品の隠匿場所あるいは処分方法について追及された際に、盗んでいない物は、被害者に返すこともできないとして、それまでの自白を撤回し、否認に転じたものであり、そのこと自体は了解可能であり、自白を撤回する理由となり得る(ただし、それまでにされた自白が、内容虚偽のものであるか、真実を内容とするものであるかは他の諸事情も総合して判断すべきことは前記のとおりである。)。
三 犯行の動機等
被告人の自白によれば、犯行の動機及びその経緯については、次のとおりである。すなわち、パチンコなどのギャンブルを思う存分できるような、余裕のある生活がしたかったから貯金通帳を盗んだが、四〇万円ほどボーナスをもらい金に余裕があったので、印鑑の在りかがわかった後も、直ちに、印鑑を盗む必要はなかった。ボーナスを使い果たし、いよいよ金が必要になったので、平成一〇年一二月下旬ころ、印鑑を盗み、さらに、平成一一年一月八日に貯金を払い戻したとするものである。
ところで、ボーナスの使途について、被告人が否認に転じた後である平成一一年二月一九日に作成された警察官調書中には、被告人が、「警察官に対し、『平成一一年一月一日に、パチンコで九万円負けた。同月二日から同月三日にかけて松山市に泊まりがけで遊びに行った。松山ではパチンコをしたり、ソープランドに二軒行って遊んだ。その結果、所持金が一万七〇〇〇円くらいになった。』等と供述したことがある」という趣旨の記述がある(なお、この調書はボーナスの使途に関する被告人の認識を記載したものではなく、被告人がその供述を否認に転じた後に、以前に自白していた際の供述の経緯を振り返ったものに過ぎないことは、記載の体裁上明らかである。その内容は極めて抽象的で、裏付けもないところではあるが、被告人の動機の有無に関連して検討するものである。)。先に認定した事実によれば、被告人に対しては、平成一〇年一二月二〇日にボーナスとして五三万円、同月三〇日に給料として一三万円程度が支給された一方で、平成一一年一月四日には、消費者金融会社に対し、合計五万二〇〇〇円を返済する一方で、五〇〇〇円を借り入れ、同月七日には、B山産業の経理担当者に二〇万円を支払っている。そうすると、被告人は、同月四日当時、少なくとも、五万二〇〇〇円と五〇〇〇円の差額である四万七〇〇〇円と二〇万円を合計した、二四万七〇〇〇円の現金は有していたことになる。このように、平成一〇年一二月下旬から平成一一年一月八日の間に限ってみても、被告人がボーナスを使い果たして金に困っていたという事情は認められないのであって、被告人が警察官に対してしたとされる前記の説明の内容も客観的事実に反するものであったことになる。
また、右の期間よりも広く平成一〇年一〇月から平成一一年一月の間についてみると、先に認定したように、被告人は、消費者金融会社に対し、この間の借入額を上回る額の返済をしており、当時の収入をも考慮すると、借入金の返済に窮するほど深刻な経済状況にまでは立ち至っていなかったというべきである。
さらに、先に認定したとおり、被告人は、吉田町内にアパートを借りた平成一〇年一〇月ころ以降、B子方で寝泊まりすることは減ったものの、B子と疎遠になっていたわけではなく、依然として親しい関係を続けていたことに照らすと、被告人の前記の収入状況の下で、B子の貯金通帳と印鑑を盗むことまでして、B子の貯金に手を付けるという行為に及ぶ動機に乏しいというべきである。
四 自白の内容
1 内容の不自然さ
被告人の自白の内容それ自体に着目するとき、印鑑窃取の事実に係る被告人の自白については、通帳を窃取したとされる平成一〇年一〇月上旬ころから、偶然に印鑑の所在を知ったとされる同年一一月上旬ころまで、積極的に印鑑の所在を探した形跡がない。貯金の払戻しに不可欠な届出印がないまま、貯金通帳だけ隠し持つことは無意味であるばかりか、B子と親しい交際を続け、B子方の合い鍵を所持して自由な出入りを許されていた被告人にとっては、貯金通帳の所在さえ承知しておけば十分であり、これを長期間にわたって自己の支配下に確保しておく必要性も全くない。逆に、そのような行為は、B子方に出入りし続けていた被告人にとっては、自らの犯行を発覚させかねない危険を伴うのであり、あえて貯金通帳を隠し持つという行為自体極めて不合理である。この点について、被告人の自白によれば、「あせらず、ばれないような盗み方をした」といった説明がされているが、これは到底合理的な説明とはいえない。被告人の自白の内容に係るこのような不自然さは、同年一一月上旬に印鑑を発見し、同年一二月下旬にこれを窃取したとしながら直ちに貯金の払戻しを請求しないという点についても指摘することができる。
2 貯金通帳及び印鑑の窃取に係る供述が詳細であることについて
被告人は、その自白において、B子方の構造や一階寝室の状況、貯金通帳や印鑑の所在等について詳細な説明を加えているが、先に認定したとおり、被告人はB子と親しい関係にあり、B子方の合い鍵を持ち、B子方への自由な出入りを許されていたことに照らすと、被告人が犯人であるとないとにかかわらず、室内の状況等について詳細に説明することは可能である。
さらに、先に認定したとおり、平成一一年一月二六日、B子が貯金通帳、印鑑等がなくなっていることに気付いた後、被告人は、B子とともに、室内で、それらの所在を探していたことに照らすと、ドレッサーの椅子の中の状況や、洋服タンスの状況について、被告人が詳細に説明できるとしても、そのことは直ちに被告人が犯人であることを意味しない。
五 自白と客観的事実の相違
1 貯金通帳の保管場所
被告人の自白によれば、貯金通帳はB子方一階寝室の洋服タンスの中にあり、ここから盗んだものとされるが、先に認定したとおり、貯金通帳は同じ部屋のドレッサーの椅子の中に保管されていたのであり、自白は客観的事実に反する。貯金通帳はドレッサーの中に保管され、しかも、被害に係る印鑑が入った赤紫色の布製巾着袋とともに、茶色のセカンドバッグの中にしまわれていたことは先に認定したとおりであるから、被告人の自白のように、貯金通帳をタンスの中で偶然に発見するということはあり得ない。さらに、客観的事実を前提とすれば、貯金通帳のみを平成一〇年一〇月上旬ころに見つけたが印鑑の所在は同年一一月上旬ころまでわからなかったため、それぞれを別の機会に盗んだとする、本件全体に対する説明もまた、極めて不自然なものとならざるを得ない。
2 印鑑の本数及び印鑑ケースの形状
被告人の自白によれば、印鑑ケースの形状は巾着袋型であり、その中には印鑑は一本しか入っていなかったとするが、先に認定したとおり、印鑑ケースは黒色がま口式であって、「巾着袋型印鑑ケース」なるものは実在しない。
被告人の自白においては、印鑑一本の存在及びその窃取は認める一方で、二本の印鑑その他の被害品については、その存在及び窃取の事実を否認するのである。仮に、「巾着袋型印鑑ケース」を赤紫色の布製巾着袋を指すものと解するならば、この袋に入っていた他の被害品、すなわち、他の印鑑二本及び印鑑登録証も同時に窃取することができ、また、巾着袋とともにセカンドバッグに入っていた貯金通帳も窃取することができることになるはずであるが、それは自白全体の趣旨と矛盾することとなるから、「巾着袋型印鑑ケース」が布製巾着袋を指すものとみることはできない。そうすると、自白をした当時において、被告人は、「巾着袋型印鑑ケース」と客観的に存在した赤紫色の布製巾着袋を別の物と考えていたといわざるを得ず、結局、「巾着袋型印鑑ケース」というのは、被告人の想像の産物というべきである。
3 B山産業への二〇万円の返済
被告人の自白によれば、農協から払戻しを受けた五〇万円の現金のうち、二〇万円を会社などに対する借金の返済に充てたとするが、先に認定したとおり、被告人がE子に現金二〇万円を手渡したのは平成一一年一月七日であり、これは貯金の払戻しがされた日の前日の出来事であるから、被告人が農協から五〇万円の払戻しを受けた上で、その現金をこの二〇万円の支払に充てることはおよそ不可能である。また、農協から払戻しを受けた現金を直接E子に手渡すことはできないとしても、あらかじめ第三者から二〇万円を借り入れた上で、これを同月七日にE子に手渡し、同月八日に農協から貯金の払戻しを受けた上で、その第三者に二〇万円を返済するという事態も想定できなくはないが、そのような事実は、先に認定した被告人の借入金に係る状況には一切窺われず、本件全証拠によってもこれを認めることができない。
このように、貯金の払戻しについての被告人の自白のうち、払戻しを受けたとする五〇万円中二〇万円の使途に係る説明は、客観的事実に反する。
六 裏付けとなる証拠の欠如
1 貯金払戻しの請求をした人物と被告人の同一性
(一) 被告人は、農協で、盗んだ貯金通帳と印鑑を使って、現金五〇万円の払戻しを受けたと供述している。
Jの警察官調書(甲29)、C子の検察官調書(甲30)及び警察官調書(甲31、32)、被害届(甲25)、捜査報告書(甲36)、写真撮影報告書(甲47)並びに貯金払戻請求書(甲28、平成一一年押第四号の1)によれば、平成一一年一月八日午後零時一四分ころ、愛媛県宇和島市《番地省略》所在のえひめ南農業協同組合本所において、犯人が、ボールペンを用いて、同所備え付けの貯金払戻請求書用紙の口座番号欄に「《省略》」、金額欄に「500000」、おなまえ欄に「B子」と記入し、そのお届印欄に「B」と刻した印鑑を押捺した上、同組合本所の窓口係員C子に対し、普通貯金通帳とともに提出して普通貯金の払戻しを請求し、C子から現金五〇万円の交付を受けたという事実を認めることができる。
そうすると、証拠により、この犯人が被告人と同一人物であるかどうかという点を認めることができるかという点が問題になるので、この点について検討する。
(二) C子の認識
C子は、先に認定したとおり、窓口において犯人と直接応対しているが、C子の前記検察官調書及び警察官調書の記載によれば、C子は多数の顧客と応対していたため、この犯人の特徴について記憶がなく、その性別さえわからないとし、警察官から被告人の顔写真を示されても、被告人が犯人であるかどうかを判断することはできなかった。
(三) 貯金払戻請求書の筆跡
先に認定したとおり、貯金払戻請求書の口座番号欄、金額欄及びおなまえ欄の各記載は犯人の記載したものであるが、「鑑定結果について(回答)」と題する書面(甲56)によれば、右各記載の筆跡が被告人のものであるとの鑑定結果は得られなかった。
(四) 防犯ビデオの映像
(1) 写真撮影報告書(甲47)及び捜査報告書(甲36)によれば、犯人が五〇万円の払戻しを受けた当時の店内の様子は防犯ビデオに録画され、その画像中に犯人の姿が撮影されているが、その画像は不鮮明であるため、これらの証拠のみから、撮影された犯人が被告人と同一人物であるかどうか、判断することができない。
(2) このビデオに撮影された犯人について、第五回公判調書中の証人B子の供述部分には、それが被告人に似ているとする部分があるが、その根拠は、捜査当時にビデオテープを見せられた際の印象として、被告人と雰囲気が似ていると感じたというにとどまり、明確な根拠に乏しい。
C子の警察官調書(甲32)には、被告人の顔写真を見てビデオテープに映った犯人の同一人物と思われるとする記述があるが、その理由としては、雰囲気や年輩の男性であるという点を指摘するにとどまり、先に認定したとおり、C子自身には犯人に係る記憶がほとんどないことに照らすと、これも明確な根拠に乏しい。
他方、第六回公判調書中のDの供述部分によれば、Dは被告人の勤務していたB山産業の社長であるところ、ビデオテープに映った犯人と被告人とは別人のように思うとする。
(3) 結局、防犯ビデオの映像によっても、被告人と犯人の同一性を裏付けることはできない。
(五) 以上のとおり、貯金払戻しの事実については、いくつかの物的証拠が存するものの、それは、被告人と犯人の同一性を裏付けるとまでいうことができない。
2 払い戻された五〇万円の使途
(一) 被告人の自白によれば農協から払戻しを受けたとされる五〇万円のうち、二〇万円をB山産業への借金の返済に充てたとする点が客観的事実に反することは、前記のとおりである。
(二) 先に認定したとおり、被告人の供述どおり、被告人所有車両中から現金一〇万円が発見されたことは、被告人の自白を裏付けるもののようにもみえるが、この封筒は、被告人が平成一一年一月一八日に初めて手にしたものであり、それ以前には存在しなかったのであるから、仮に被告人が同月八日に五〇万円の現金を手にしていたと仮定すると、そのうちの一〇万円については、同月八日から同月一八日までの間、封筒に入れるのとは別の形で保管されていたことになる。ところで、被告人が一〇万円の現金を手にすることは、B子名義の貯金の払戻しを受けるほかになかったのかどうかについてみるに、先に認定したとおり、被告人に対しては、平成一〇年一二月二〇日にボーナスとして五三万円が、同月三〇日に一二月分の給料として約一三万円がそれぞれ支払われており、それに加えて、平成一一年一月一八日に年末調整として四万四〇九六円が支払われている。このように、貯金の払戻しがされた同月八日に極めて接近する時期において、被告人がB山産業から多額の現金を支給されていることに照らせば、農協からの払戻しに係る現金がそれ以外の現金と明確に識別されるような特色を有しない限り、被告人が一〇万円の現金を所持していたとしても、それが貯金の払戻しに係る被害品たる現金であると断定することはできないはずである。したがって、被告人の供述どおりに一〇万円の現金が発見されたとしても、それを被告人の自白を裏付けるものと評価することはできないというべきである。
(三) さらに残りの二〇万円の使途、すなわち、パチンコ代や生活費として使ったとする点についても、そもそも、その供述内容が曖昧であり、具体的内容が明らかでないばかりでなく、その使用状況を裏付ける証拠も一切存しない。結局、五〇万円の使途については、一切の裏付けを欠く。
七 被害発覚当時の被告人の言動
先に認定したとおり、平成一一年一月二六日、B子が、B子宅一階寝室内から、印鑑、貯金通帳等がなくなっていることに気付いた際、被告人は、B子に対し、農協に一回聞いてみてはどうかと勧め、翌日(同月二七日)、B子が既に貯金が引き出されていたことを知らされた際には、早く警察に言った方がいいと勧めているところ、被告人が真に犯人であったなら、必ずしも、このように、犯罪の発覚を早めるような行動は取らないと思われ、むしろ、被告人が犯人でないと考えた場合に自然な行動といえる。
第八犯行を認める他者の存在
一 Gに対する公訴提起
起訴状謄本(甲110)によれば、次の事実を認めることができる。
高知地方検察庁検察官は、平成一二年三月一日、Gに係る住居侵入、窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺被告事件につき、高知地方裁判所に公訴を提起した。その公訴事実は、被告人(G)は、
1 金品窃取の目的で、平成一一年一月八日ころ、愛媛県宇和島市《番地省略》所在のB子方に、無施錠の二階寝室北側掃き出し窓から侵入し、同寝室において、同女ほか一名所有にかかるB子名義の普通貯金通帳一通及び「B」と刻した印鑑三本ほか三点在中の巾着袋(時価合計四万二〇〇〇円位)、二階台所において、F所有に係る同人名義の健康保険者証を窃取した
2 前記窃取に係るB子名義の普通貯金通帳を使用して貯金払戻名下に現金を騙取しようと企て、同年一月八日午後零時一四分ころ、同市《番地省略》所在のえひめ南農業協同組合本所において、行使の目的をもって、ほしいままに、ボールペンで、同所備え付けの貯金払戻請求書用紙のおなまえ欄に「B子」、金額欄に「500000」と冒書した上、お届け印欄に前記窃取にかかる「B」と刻した印鑑を冒捺し、もって、B子作成名義の貯金払戻請求書一通を偽造し、即時同所において、同組合本所の窓口係員C子に対し、これをあたかも真正に成立したもののように装って、前記窃取にかかる普通貯金通帳とともに提出行使して、五〇万円の払戻請求を行い、同女をして、右請求書が真正に作成され、正当な権限に基づく払戻請求であるものと誤信させ、よって、即時同所において、同女から普通貯金払戻名下に現金五〇万円の交付を受け、もって、人を欺いて財物を交付させた
というものである。
二 Gの公判廷における自白
公判調書謄本(甲111)によれば、平成一二年三月八日、高知地方裁判所で開かれたこの被告事件の公判期日において、Gは、起訴状記載の公訴事実について、事実はいずれもそのとおり間違いない旨述べた事実を認めることができる。
三 Gの供述内容等
1 Gが本件について供述するに至った経緯
捜査報告書(甲91)、捜査報告書謄本(甲92)及び上申書謄本(甲100)によれば、次の事実を認めることができる。
Gは、平成一二年三月一日の前記の起訴より前の平成一一年一〇月二七日、強盗致傷の被疑事実により、高知県警察南国警察署警察官(以下第四項までにおいて「警察官」という。)に通常逮捕され、同年一一月一六日、住居侵入、窃盗未遂、傷害の事実により公訴を提起されていた。
同年一一月の公訴の提起後も、警察官は、Gの余罪を取調べ、同人は、愛媛県北宇和郡内の空き巣事件など、同県内の余罪事件を順次自供していた。
警察官は、Gの自供した余罪事件について、現場引き当たり捜査を行うこととし、平成一二年一月六日、Gに対し、その旨を告げたところ、Gは、「引き当たりに行くのであれば、その近くでほかにも盗みをしているので、ついでにかたを付けておきたい。」と申し立てた。当時の心境につき、Gは、高知地方検察庁検察官に充てた同年二月一六日付け上申書の中で、「まだB子方の犯行が警察にばれていなかったのですが、事件を精算するために捜査の刑事にB子方での窃盗とJA宇和島での預金引出しを自供しました。」と記している。
2 供述の内容
Gの検察官調書謄本(甲107から109まで)及び警察官調書謄本(甲101から106まで)によれば、Gは、前記の公訴提起に至る前から自らの犯行を認める供述をしており、その供述の概要は次のとおりであることが認められる。
平成一〇年一二月中ころから平成一一年一月中ころまでの間、愛媛県宇和島市付近で盗みをするため、宇和島市高串にあるクアライフ宇和島の駐車場に車を止めて、車中で寝泊まりしながら、盗みのできそうな家を探し、目星を付けた家については人の出入りを観察したりしていた。宇和島市付近では、盗みに入る家として三か所ほどピックアップし、B子方はその一つであったが、他にも、平成一〇年一二月三一日から平成一一年一月一日にかけて、付近の会社の寮に、ガラスを割って侵入したが、何も盗まずに逃げたことがある。なお、宇和島市付近に、知り合いはいない。
平成一〇年一二月下旬ころ、愛媛県北宇和郡三間町付近の住宅に空き巣に入ろうと考え、住宅地図を見たところ、B子方は他の家からぽつんと離れていて盗みに入りやすい場所にあったことから、この家に目星を付けた。その後、電話帳でB子方の電話番号を調べたり、B子姓の偽名を使い宇和島市役所からB子の住民票を入手して家族構成を調べたりするとともに、B子方の下見を続け、そこに侵入する機会を窺っていた。
そして、平成一一年一月八日の午前九時ころ、B子が自動車で出勤し、しばらくの間、それを追尾してB子がB子方には戻らないことを確認した上、同日午前一〇時ころ、B子方に戻り、地下一階駐車場に置かれていたアルミ製脚立を使用して同所一階ベランダに上って施錠されていない掃き出し窓から一階和室に忍び込んだが、脚立をそのままにしていたのでは、偶々家人が帰宅したら不審に思われてしまうため、一旦、B子方玄関から外に出て脚立を元に戻した上、再度、玄関からB子方に入り、玄関の内側から施錠した。
その後、室内を物色し、和室で貯金通帳、印鑑数本、印鑑ケース、印鑑登録証及び巾着袋を盗んだ。貯金通帳はタカミツという農協のB子名義のものだった。印鑑の本数はよく覚えていないが、一本ではなかったことは確かである。貯金通帳と印鑑は和室内の同じ場所にあった。和室では、タンスの引き出しと鏡台の腰掛けの中のいずれも物色したので、貯金通帳などはいずれかの場所にあったものと思うが、どちらかといえば鏡台の腰掛けであったように思う。次に一階台所に行き、そこにあった引き出しからF名義の健康保険証を窃取した上、玄関から外に出て、再び脚立をベランダの外壁に立て掛け、玄関の内側から施錠をし、右ベランダから脚立を使用して駐車場に降り、脚立を元の場所に戻して、同日午前一一時ころ、B子方から立ち去った。
その後、同じ日(平成一一年一月八日)の昼ころ、えひめ南農業協同組合本所へ行き、そこで、窃取した貯金通帳と印鑑を使用してB子名義の貯金払戻請求書を偽造し、これを窓口係員に提出して預金の払戻しを請求した上、係員から現金五〇万円の交付を受けた。
B子方から盗んだ貯金通帳は小さく千切り、印鑑等とともに、宇和島港フェリー乗り場岸壁から海中に捨てた。
四 Gの供述についての検討
1 客観的事実との符合
(一) 貯金通帳と印鑑の所在について
Gは、印鑑と貯金通帳は寝室内の同じ場所にあり、タンスの引き出しと鏡台の腰掛けの中のいずれも物色したので、そのいずれかの場所にあったと思うが、どちらかといえば鏡台の腰掛けであったように思うと供述しているところ、先に認定したとおり、貯金通帳及び印鑑はドレッサーの椅子の中にあったのであり、この客観的事実とGの供述はおおむね符合する。
(二) 被害品
Gは、B子方で、貯金通帳、印鑑数本、印鑑ケース、印鑑登録証及び巾着袋並びにF名義の健康保険証を盗んだと供述しているところ、貯金通帳がえひめ南農業協同組合高光支所の発行に係るものであることも含め、客観的事実と符合する。
2 秘密の暴露
捜査報告書謄本(甲94)によれば、平成一〇年一二月三一日から平成一一年一月一日にかけて、B子宅付近の会社の寮に、ガラスを割って侵入したが、何も盗まずに逃げたことがあるとする供述は、平成一二年二月一八日に行われた犯行現場への引き当たり捜査に先立って供述されていたこと、平成一〇年一二月二七日から平成一一年一月四日までの間に、愛媛県北宇和郡《番地省略》所在のC川産業株式会社四国工場独身寮の一〇四号室及び二一〇号室の窓ガラスが何者かによって割られていたこと、警察官はGが供述するより前にはこの事実を把握していなかったこと、以上の事実を認めることができる。
また、Gは、B子方に住む者の家族構成を確認するため、B子姓の偽名を使って住民票を取得したと供述するところ、捜査報告書謄本(甲92、甲93)によれば、供述どおり、住民票の請求がされていた事実が確認された事実を認めることができる。
これらのGの供述は、警察官の知り得ない事柄を内容とするものといえる。
3 供述を裏付ける物的証拠の存在
Gは、B子方に盗みに入るため下調べをしたとするところ、捜査報告書謄本(甲92、甲93)によれば、Gは、数名の氏名、電話番号等とともに「宇和島 B子 FH 《番地省略》 《電話番号省略》」という記載をしたメモを作成し、その使用していた自動車の中に置いていた事実を認めることができるところ、このメモの存在は、Gの供述を裏付けるものといえる。
4 内容の迫真性・自然さ
Gの供述は、B子方の盗みに先立つ準備、侵入の態様といった点において迫真性があり、その内容についても、B子方に侵入し、貯金通帳や印鑑を窃取した後、直ちに農協の所在を探して、払戻しを請求しているという点で自然である。
5 供述の一貫性
先に認定したとおり、Gは、愛媛県北宇和郡内における窃盗事件に係る現場引き当たり捜査に同行されるに先立ち、その付近で行った余罪として、B子方の窃盗等について供述し、捜査段階はもとより、公訴提起後の公判においても、自らの犯行を認める供述を維持している。
第九結論
被告人の自白の信用性について、これまで検討してきたところに基づき、当裁判所は、次のとおり判断するものである。
被告人は、任意同行の当日であり任意同行後約六時間の後に自白したものではあるが、それまでの間は明確に否認する供述をしており、公訴提起後には再び否認に転じた。当時の被告人の生活状況に照らすと犯行の動機に乏しく、自白の内容もそれ自体不自然であり、被害品の所在、形状及び数量や、騙し取ったとされる現金の使途といった重要な点について客観的事実に反する内容を含む。被告人と犯人の同一性については、自白以外の証拠による裏付けを欠く。さらに、本件においては、被告人の他にGが犯行を認める供述をしており、その供述は、客観的事実に符合し、秘密の暴露も含み、供述を裏付ける物的証拠も存在する上、その内容も迫真的かつ自然であり、供述を始めた当初から公判に至るまで一貫して自らの犯行を認める供述をしていることに照らし、その信用性は、被告人の自白との対比において、相対的に高い。この評価を前提とすると、被告人の自白は、自らの弁解が取調べに当たった警察官に信用してもらえないとの諦めの思い、また、たとえ嘘でも自白をすれば家族や勤務先の会社に迷惑をかけずに済むとの思いから、自らはしていない犯罪について、想像を交えながら真実に反する供述をしていたものというべきであって、被告人の自白は信用することができない。
また、前記のとおり、貯金払戻請求書の筆跡、防犯ビデオの画像、C子の目撃供述といった自白以外の証拠によっても被告人が犯人であると認めることはできない。
結局、本件各公訴事実について、いずれも犯罪の証明がないから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し、無罪の言渡しをする。
(検察官玉置俊二、前田博、国選弁護人松本宏各出席)
(論告・無罪)
(裁判官 齋藤聡)